#1 東京R不動産・千葉敬介さんに聞く

空き家でまちを再構築、ニューニュータウン西尾久の作り方

おぐセンター。元青果店をリノベーションした食堂兼コミュニティスペース。外から内部が見えるように作られており、道行く人の関心を惹く
おぐセンター。元青果店をリノベーションした食堂兼コミュニティスペース。外から内部が見えるように作られており、道行く人の関心を惹く

 荒川区西尾久、バス通りから1本入ったところに旧小台通りという昭和から時が止まっているような商店街がある。JR山手線田端駅から歩いて15分、もう少し近い都電荒川線小台停車場からでも徒歩10分という立地からシャッターも目立つようになっていた街に2019年9月に5軒の店が同時に開店するという異変が起きた。

 以降、じわじわと人が集まり始めており、気がつくと新しい店が開業、街を歩く人も少しだけ若返った。西尾久で何が起きているのか。仕掛け人の東京R不動産・千葉敬介さんにカリアゲの福井信行が聞いた。

福井

最近の空き家利用では断トツに面白いニューニュータウン西尾久。どういう経緯で取り組むことになったのですか。

千葉

2003年にスタートした東京R不動産も今年で20年目。そのかなり前、10年前くらいから社内では次の事業についての議論をしてきました。リノベーションやこだわりの不動産を手がける会社は他にも出てきており、もちろん、それらの業務を止めるわけではないものの、新しい世界を作るとしたらどの分野だろうかと。地域ではないだろうかと考え始めたのですが、それにあたり、いくつか、参考、布石になったことなどがありました。

おぐセンター内部。広い畳敷きの小上がりがあり、子ども、お年寄りにも使いやすい空間になっている。イベント会場としても機能している
おぐセンター内部。広い畳敷きの小上がりがあり、子ども、お年寄りにも使いやすい空間になっている。イベント会場としても機能している

おもしろい人が来るとまち全体が変わる

千葉

ひとつは創業とほぼ同時期くらいから関わっていたセントラルースト・トーキョー(山手線の東京、神田、秋葉原あたりの東側一帯*)で地域におもしろい人が入ると街全体が変わるという経験をしたこと。点を打つことで面も変り得るのだと思ったのです。

議論をしていたメンバーの父の認知症も気づきになりました。小さな子どもを連れていくとそれまでと一転、楽しそうになるのを見て子どもと年寄り、本来ずっとまちにいる、でも一般には出会うことの少ない彼らが出会えるとしたまちはどうなるのか。そこに関心を持ちました。

また、シェアハウスがまだこれほど一般的ではなかった10数年前にリビタのシェアハウスを手がけたことも方向を決める上できっかけになりました。外人向けゲストハウスしか参考になるものがない時代で、社員寮、学生寮のコンバージョンとしてシェアハウスを作ってくれという依頼が突然来たのです。

規模は大きいし、駅からは歩いて20分、バス便利用などの便利とはいえない立地。これは学生相手だろうと思っていたのですが、ふたを開けてみたら30代の会社員が集まっていた。これは大きな変化だと思いました。住む場に繋がるという役割も求められているのだと思ったのです。

また、東京R不動産は他の不動産会社と違い、ひとつずつは単体の仲介ですが、仲介しておしまいではなく、そこから繋がりが生まれていくことが多い。その価値のある関係を活かしていきたい。

もうひとつ、一方で今後は人口が減るという社会の流れもあります。それは私たちにはチャンスに見えましたし、実際、チャンスでしかない。

そうしたもろもろの経験、検討を経てこれはいよいよ、地域だなとなり、だったら駅から遠く、活気を失いつつある商店街を探してみようということになりました。駅に近いところでは人間関係、地域をなんとかしようという意識よりも経済論理が優先される傾向があるため、地域に拠点を持ち、入っていくなら駅から遠い場所だろうと思ったのです。

ギャラリー「LAVENDER OPENER CHAIR」と山形料理の食堂「灯明」。入口は2つ、入ったら1つという面白い作りになっている
ギャラリー「LAVENDER OPENER CHAIR」と山形料理の食堂「灯明」。入口は2つ、入ったら1つという面白い作りになっている

首都圏40カ所を検討、西尾久に絞った理由

千葉

首都圏には最寄り駅の無い商店街はかなりの数あります。そうした場所の40カ所くらいを候補にして1年くらいうろうろ歩き回りました。そのうちからさらに3か所に絞り、最後に選んだのが西尾久です。

他の地域では拠点を持って地域の課題に取り組み、まちに新しい活動を起こすという、僕らが考えるこれからの不動産業のあり方が理解されませんでした。ところが西尾久には地域をなんとかしたいと活動している人たちがすでにおり、僕らの考えに賛同、協力してくれたのです。

福井

それが地元の銭湯・梅の湯の三代目、栗田尚史さんたちですね。

千葉

僕らがいくら熱心に一軒一軒を訪ねて不動産を貸してもらないかと交渉しても全く無反応でしたが、地元の栗田さんが入ることで貸してもらえようになりました。

中でも大きかったのは現在、僕たちがおぐセンターとして直接運営している場所。ここは元青果店で、店主が体調を悪くして閉店。商店街の真ん中にあって人の流れを作れる場所なので、どうしても借りたかったのですが、最初は断られました。

ところが、栗田さんが店主の娘さんと同級生だったことから盆踊りで会った時に交渉してくれ、無事に借りることができました。ここは二分割しておぐセンターともう1店舗に入ってもらっています。

おぐセンターに隣接する串カツ専門店。大阪で3店舗を構える人気店の東京初上陸
おぐセンターに隣接する串カツ専門店。大阪で3店舗を構える人気店の東京初上陸
福井

それで5店舗同時にオープンさせることができた。5店舗だった意味は?

5店舗同時にできなければやらないと決めていた

千葉

地方だと素敵な人が帰ってきてカフェを開き、そうしたら隣にパン屋ができて、次第に賑わいが……というストーリーがありますが、それを期待するのはめちゃめちゃギャンブルだと思っています。それよりは同時に何店かをオープンさせるほうがリスクは少ない。

実際、その後、残る3店を貸してもらえるようになるまで半年ほどかかりましたが、時間をかけた結果、借りることができたので入居募集では近所に他にも同時期にうちの仲介で出店する店があるという事実が効きました。

1カ月半で100組くらいが見に来てくれ、各店舗2~3件の申し込みがあり、最終的にはまち全体の中でバランスを考えながら4店に入ってもらいました。それらのオープンまでにまた半年。最初の1軒が決まってから5軒同時の開業までに約1年かかったことになります。

へゼリヒ店内。Webサイト「うつわ、ごはん、暮らしの倉庫」の実店舗としてオープンした
へゼリヒ店内。Webサイト「うつわ、ごはん、暮らしの倉庫」の実店舗としてオープンした

じわじわ人が集まり始めるも不動産は動かず

福井

開業から3年ちょっと。変わったことはありますか?

千葉

近隣の不動産会社の人に聞くと今までは「西尾久、それどこ?」という反応だったものが「西尾久!知っている」に変わったとか。ウチが仲介しなくても店がオープンしていたり、少しずつ住んでいる人が増えていて、じわじわ人が集まっています。突然、西尾久に引っ越した!と連絡をくれる知り合いもいます。

福井

だとしたら、地元で物件を活用して欲しいというニーズも増えている?

千葉

それがそうでもなく、やはり物件は出てきません。このエリアは関東大震災、戦災後にわっと人が集まってできたまちで、借地が多く、権利関係が複雑で適当。そして適当なままで2代、3代と来てしまっているので、それぞれに貸せない理由があるのです。

サブリースをやっているので地主とは繋がりやすく、地主には借地を買い取って欲しという要望が月に2~3軒は寄せられていると聞きます。借りる時に権利金を払っていないのに、買い取るとなるともらっていないお金を払って買い取らねばならず、プラス古家も付いてくる。それでも買い取れるなら買い取りたいという地主は少なくありません。

ただ、買い取りたくてもお金がない、相続が目前で今の時点では動きにくい、かつて失敗したのでサブリースで貸すというやり方に及び腰という人も。用途地域としては準工業と近隣商業なので住宅として貸すだけでなく、小商いもでき、適切に手が入れば貸しやすいはずと思っています。カリアゲのやり方が功を奏する地域ではないかと思います。

福井

このあたりは木密地域でもありますよね。

千葉

その分、大手デベロッパーが入ってきにくいエリアなので安心してまちと付き合えます。地主さんたちは面で物件を持っているので、ここで損してもあっちで得できれば良いと考えられるよう、まずは同じ方向を向いてもらえるようにするところからスタートしようと考えています。また、ここで実験したことが他のまちでもできると面白いのですが。

うつわの店GEZELLIG(へゼリヒ)。店主が自ら仕入れた器や道具を販売するセレクトショップ
うつわの店GEZELLIG(へゼリヒ)。店主が自ら仕入れた器や道具を販売するセレクトショップ
福井

元気のないまちに点を打ち、10年かけて少しずつそのまちが元気になり、注目されたとして、その後をどう考えています?

千葉

最終的には僕らなりの、新旧交じり合うような地域にしていければと思っています。

福井

まちってすべてはコントロールできないもの。何%くらいコントロールできればと考えていますか?

千葉

数字までは考えていませんが、とにかく面白くなればいいかなと。

福井

いろんな人がごちゃごちゃいるのが面白いとしたら、それを促すようなやり方を考えたり、こういう人がいたら楽しいんじゃないかと考えることは?

千葉

そこまでは考えていません。というのはウチのお客さんが入ると必ず面白くなる。そして面白い人が地域に入ると地域は変わる。そういう意味では長年、R不動産をやってきて良かったのはそうしたお客さんとの繋がりを作ってこられたことかもしれません。

銭湯「梅の湯」。現在の当主・栗田尚史さんは三代目。家業を継いでから運営スタイルその他を少しずつアップデートしてきた
銭湯「梅の湯」。現在の当主・栗田尚史さんは三代目。家業を継いでから運営スタイルその他を少しずつアップデートしてきた

ライター : 中川寛子(なかがわ・ひろこ)